- 火山の地下に広がる聖域で決戦が繰り広げられている
- 金髪の女(ノヒルリア)と祭服を着た女が対峙する
- 同行者のカルシオンとレオンが暴風で吹き飛ばされてしまい、姿が見当たらない
- ノヒルリアは、何かがやってくると告げる
- 金髪の女は未熟ながらも状況整理に努める
【web小説】流星の尾 -決戦のさなか-
お知らせ > その他 [その他] 【web小説】流星の尾 -決戦のさなか- 24.11.14 24.11.14 ←前の話へ そこは、人の手により作られた聖域と言えた。 靴音すら反響しない程に広く、光で満ちている。空間の中央には円形の足場があり、そしてその足場を囲むように、等間隔に三方向から道が伸びている。道の外は水が張っていて、その水からは無数に、規則的に、怪しい光を放つ柱が立ち並ぶ。 そんな空間が、火山の地下に広がっていても、おそらくは誰もが、実際にその光景を目にするまで信じないだろう。 そして、そこで決戦が繰り広げられている事も。 「邪魔をしないでくださいな」 ひどく冷たい女の声が、響き渡る。 刹那、突風が襲う。 鎧を着込んだ大柄の男と高貴な雰囲気を纏った金髪の女を強烈な突風が襲い、咄嗟に女は両腕で顔を庇った。 掴む物など付近に無く、女の金に輝く髪は乱れ、身体ごと風に持っていかれそうになる。右足を一歩下げて踏み留まり、必死に耐える。 何秒そうしたかはわからない。たった数秒の筈だが、数分もそうしている錯覚を覚えた。 やがて暴風は止み、金髪の女は自身の正面で盾を構える男を見遣る。「ノヒルリア、大丈夫?」「私は大丈夫です。しかし」 ノヒルリアと呼ばれた大柄の男は、振り向かずに声だけで応じる。 「カルシオン」 金髪の女は同行者の名を呼ぶ。返事は返ってこない。 「レオン!」 またも女は叫ぶ。これにも返事は無い。ここで女は、初めて周囲を見渡した。 正面にノヒルリア。彼と対峙するのは、祭服を着た女。 その他には、誰も居ない。「……え?」 困惑する女の耳に、遠く、別々の方向から小さな着水音が二度聞こえる。「クロエめに、吹き飛ばされたようです」 女は、その言葉の意味を理解するのに時間を要した。レオンとカルシオンは直前まで、連携して最前線で戦っていた。 つまり、先程の暴風を間近で受けたのだとしたら、あの着水音は吹き飛ばされた二人のものと考えるべきなのだろう。「ですが、あの二人ならば、この程度で倒れるわけがありません。それより、陛下」 ノヒルリアは視線を祭服の女から視線を外さぬまま、顔を金髪の女の方に僅かに向け、語りかける。「来ます」 ――来る? 女は男達に比べて、実戦経験が圧倒的に足りない。 思考の大半を状況整理に費やしていた為、その一言を理解するのにも一瞬の時間を要した。「先に、処分しましょうか」 ――ああ、そうか。 「糸の切れた、人形を」――来る。クロエが、こちらに。 女の杖を持つ手がひどく汗ばむ。意味も無いのに、縋るように、杖を両手で強く握りしめている。 大柄の男を気にする素振りも無く、その背後で杖を握る金髪の女を冷たい目で見下しているのは、祭服の女。 かつて金髪の女を傀儡同然に扱い、散々に弄び、彼女の治める王国を私利私欲のままに操っていた、恐怖の象徴。そして今は、倒すべき敵。 忘れもしないその名は、クロエ。「陛下、大丈夫です」 ノヒルリアがいつもの様に、優しく語りかけてくる。「この命に代えても、持ち堪えます」 それは、ただ一言の作戦であった。持ち堪える。つまり、レオンとカルシオンが無事である事を信じて、戻ってくるのを待つという事だ。 グランナイツの中でも、各々の得意分野は異なる。 レオンやカルシオンが敵を討つ事に長けているとすれば、ノヒルリアは守る事に長けている。 間髪入れず、クロエが杖から闇色の魔法弾を数発、女に向けて打ち出してくる。 ノヒルリアは、堅牢な大型の盾の底を地に叩き付け、その全てを弾く。逸れた弾が遥か後ろの柱に当たり、音を立てて崩れる。 金髪の女もノヒルリアの陰となる位置から、球形の光弾を繰り出して応戦する。クロエは即座に左手で魔法陣を作り、光弾は魔法陣に弾かれ、一つが地面に当たり爆発した。 爆発に紛れてクロエはノヒルリアを飛び越えようと飛翔する。 ノヒルリアは自身の真上に鈍器を振り上げるものの、クロエはそれを容易く避け、女の背後に着地する。 女が一呼吸遅れて振り返ろうとすると、視界の端でクロエが杖を振りかぶっているのが見える。 ――速い。間に合わない。 女がそう思った瞬間、硬い何かに包まれ、引かれる。ノヒルリアの盾だ。 ノヒルリアが盾の内側で巧みに女を引き寄せ、自らクロエと女の間に割り込む。その勢いのままにノヒルリアは、杖を振りかぶるクロエに鈍器を振るう。杖と鈍器がぶつかり、甲高い音が鳴る。 次の瞬間、鈍器が宙を舞った。「しつこい方ですわね」 クロエは苛立ちを隠さない。女の傍らでは、蒼い石が浮いている。「黙れ、逆賊」 ノヒルリアが盾を正面に構えながら毅然と言い放つ。「武器が無ければ、もう終わりではなくて?」 ノヒルリアは答えない。相手の言葉に動じず、動かない。 女は要塞の如きノヒルリアに守られながら思う。いつでもノヒルリアは、自分に対して多くを語らなかった。女は幼い頃から、ノヒルリアが見せるその佇まいに、その行動に、その眼差しに、多くを学んだ。 ――今、この騎士の背は自分に、何を語ろうとしているのだろう。 ノヒルリアは女の思いを悟り、答えを示すかのように一瞬、視線を女に向けた。 それは、今まで向けられた事が無い、戦友を見るような、力強い眼差しだった。 女は、自らの鼓動が聞こえた。このような危機的な状況下に於いて、気が高揚していくのが分かった。 ――わたしは、頼られているんだ。 グランナイツと、肩を並べて戦いたい。繰り返し、グランナイツ達に主張しては苦笑されていたあの願いが、本当の意味で叶った気がした。 女は、微笑んだ。 女はノヒルリアの陰から、再び複数の光弾を繰り出す。クロエは魔法陣を展開するが、光弾はクロエの脇をすり抜けていく。クロエが抜けていく光弾に気を取られた瞬間、クロエに強い衝撃が走る。ノヒルリアが盾を構えて、クロエに体当たりをしていた。 クロエはすぐに距離を取り、杖をノヒルリアに叩き付けようとするが、ノヒルリアはあっさりと斜め後方に飛び退く。ノヒルリアで塞がれていた視界の先には、正面で女が杖を構えて立っている。 クロエは魔法陣を展開した刹那、女が放った光線が魔法陣を捉える。しかし、光線が魔法陣を貫く事は叶わない。 クロエは女の目を見る。魔法に全神経を注ぎ、まるで自分の事など気にしていないように見える。勝負に出たつもりなのだろうが、肝心な所であのがらくたは過ちを侵した。これで浅はかな目論見は潰えただろう。 そんなクロエの高慢は、背後からの衝撃によって打ち砕かれた。先程横を抜けていった筈の光弾だった。 集中力が切れ、魔法陣が霧散した所に、女の光線がクロエの腹を捉える。クロエは呻くが、それでもクロエの身体を貫く事は叶わない。 女はクロエが持つ蒼い石、キーストーンの、無尽蔵にも思える力に歯噛みした。 決定打も与えられないままクロエは魔法陣を再展開し、女の光線を再び防ぐ。「陛下」 女が声の主を見ると、クロエに向けて盾を構えながら突っ込んでいくノヒルリアの姿が見える。女は光線を放つのを止め、代わりにノヒルリアに別の魔法を放つ。防具と肉体を一時的に強化する魔法だ。「馬鹿め、正面から来るか」 すかさずクロエは、闇色の光線を放つ。 それは、キーストーンの力で強化された光線。貫けないものなど無い筈だった。 ノヒルリアは、光線を盾で受けた。盾を、貫けない。だが、光線を受けた盾が少しずつ溶けていく。それをノヒルリアは走りながら巧みに盾をずらし、盾に穴が空くのを防いでいる。 ――粘る。あの忌々しい、がらくたの魔法か。 光線を打ちながらクロエが思案する間にも、ノヒルリアが迫る。豪快に、盾をクロエに投げる。クロエが盾を杖ではじき返した瞬間、ノヒルリアはその手を掴み、もう片方の手で杖を掴む。「汚らわしい」 クロエは表情を歪める。取っ組み合いになるが、キーストーンの力によるものか、クロエの細腕はノヒルリアの太い腕を徐々に押し返していく。広い空間に二人分、力む声が響く。このままではノヒルリアは力負けして、体勢を崩してしまうのは明白だった。 どう援護をするか考える女の背後で不意に、風切り音が聞こえた。ノヒルリアは力を緩めてクロエを右側に受け流し、クロエの側面に回る。クロエは力を込め過ぎた為か、勢い余って前のめりになり、図らずも女へと向かっていく。 その瞬間だった。 クロエの胸に大剣が突き刺さり、背中から腹へは、二本の刃が突き出た。「陛下。御無事で」「派手に吹っ飛ばしてくれた礼だ。受け取れよ」 クロエの前方からは銀髪の男が、後方からは紫髪の男が、水を滴らせながら、クロエを得物で突き刺していた。 「レオン! カルシオン!」「小癪な」 目を充血させ、口から血を吐きながらもクロエはまだ動く。銀髪の男の大剣が、クロエの心臓を貫いているように見える。女の目から見ても、常人であれば、もう死んでいる傷だった。 いや。もうクロエは人の域など、とうに超えている。 キーストーンを、手にした時から。 「クロエ。これ以上、そなたの所業を許すわけにはいかない」「……」「もう、どこにも逃がさない。そなたは今日、裁きを受けるのだ。余の、黒騎士団の、グランナイツの、そして、全王国民の裁きを!」 女は杖をクロエに向けて、叫んだ。高らかに、高潔に。その誓いを確かめ、己を奮い立たせる様に。「どいつもこいつも、わたくしの邪魔をしやがって」 怒りに震えるクロエ。突き立てた刃が折れそうになる程の出鱈目な力が掛かっている事に気付き、レオンとカルシオンは咄嗟に刃を抜き、女を守るように前に立つ。 みるみる、クロエは闇に染まっていく。身の毛がよだつ程の気味の悪い気配を放ち、髪も、眼も、吐いた血と同じように赤黒くなっていく。腹の傷はいつのまにか塞がれていたが、傷痕の周辺は、痛々しくもひび割れている。その一方で、胸の傷は塞がるどころか拡がり、円形の虚空を形作っていた。「裁きを受けるのは、お前たちの方だ」 クロエの胸にぽっかり空いた虚空は拡がり続け、その中から黒い物体がずるずると出てくる。巨大な、黒き矢である。 「陛下、申し訳ございません」顔色一つ変えず、レオンは呟く。「このままでは、危険です。キーストーンを使います」キーストーンの力。女が、いざという時の為にとレオンに渡した力。希望の力とも、禁忌の力とも喩えられる力。「仕方が無いな」「我々は陛下をお守りします。レオン様」 カルシオンとノヒルリアは口々に、レオンに返す。もう、その力を使う事で発生する現象をも、受け容れているようだった。 「……お願い」 女も、一呼吸置いて答える。レオンが女に会釈をすると、クロエに向き直る。レオンは腰の小さな鞄から、キーストーンを取り出す。 莫大な力が、もう一つ生まれゆく。 レオンは頭上で、巨大な槍を形成する。女が手には負えないと悟る程の莫大な力の気配となり、辺りを包んでいく。 そしてすぐに、禍々しいもう一つの力と激しくぶつかり合い、吐き気すら催す程の気の激流となる。 女は、固唾を飲んで見守る。レオンが勝つ、という気持ちは揺らがないが、一方で一抹の不安を抱えていた。 時が止まったような、一時の静寂。そして。 レオンとクロエは、同時に叫んだ。 人間を遥かに超越した力を持つ二人が、互いに向けて力を解き放ったそれらはすぐにぶつかり、雷が落ちたかのような轟音と共に、激しい明滅をもたらす。 レオンとクロエは、一歩も譲らない。轟音が激しさを増す。 レオンとクロエ、女とカルシオンの間に入って、ノヒルリアが半ば溶けかけた盾を構え、女とカルシオンを守ろうとしている。 二人の決戦を見守っていた女は、二つの大きな力がぶつかり合うのを感じていた。 ――いや。力のぶつかり合いで、目に見えない何かが、徐々に歪んでいくのを感じた。それが何かはわからない。 キーストーン同士のぶつかり合いを見た事など無い。ただ、この場で、何かが起きている事は感じていた。 「……来る」 女が呟いた瞬間、ぶつかり合った力の一部が渦を巻き、強烈な吸引力を持つ何かになっていく。 それは、ごく一部の者だけが知る現象。次元の亀裂と呼ばれているもの。キーストーンの力同士がぶつかり合うと出来るとされる渦。吸い込まれた者は、誰一人として帰ってこなかったと伝わる、赤紫色の渦。 カルシオンは、舌打ちをした。よりにもよってそれは、カルシオンと女の背後、少し離れた場所に出現したのだ。 この場所には、掴むものなど何も無い。遠ければどうにかなるかもしれないが、近くにできたそれに対し、抗う術など無い。レオンとクロエの決戦を見守っていたノヒルリアも一瞬遅れて気付き、女とカルシオンの方へ振り向き、二人に手を伸ばす。 カルシオンは、全体重を込めて女の背を押した。不意に押し飛ばされた女は、ノヒルリアの正面へとよろめく。直後、次元の亀裂に向かう形で暴風が生まれる。風力は渦を巻き、その場に居る者全てを次元の亀裂の中へと招こうとする。女の背を押した反動で、カルシオンは呆気なく風に囚われ、身体が浮く。 身体が、勝手に動いていた。 女は伸ばされたノヒルリアの手を、取らない。 女は振り向き、カルシオンに向かって飛ぶ。 杖に魔力を込め、魔力の帯を作り、それを次元の亀裂に吸い込まれようとするカルシオンに向けて伸ばす。 ――届け。 カルシオンを。自分の師匠を。 ――届け。 新しい世界を見せてくれた恩人を。新しい自分に会わせてくれた恩人を。 ――届け! こんな場所で。 ――届けえっ!! 失って、なるものか。 女の強い思念に応じるかの様に魔力の帯は伸びていき、とうとうカルシオンの片足を捉えた。女は自分の体勢が崩れるのも気にせず、それを力の限りに引っ張る。 反動で、身体が浮く。渦に吸い込まれる。時が、極端に遅く感じた。 カルシオンの身体は、違う事無くノヒルリアの方へと運ばれている。 カルシオンとすれ違う。カルシオンの顔を見る。 カルシオンは、今まで女が見た事が無い程に表情を崩し、必死に、女に手を伸ばしている。 これでいい、と女は思った。カルシオンは、ノヒルリアが掴んでくれるだろう。そうすれば、二人とも無事に帰れる。レオンなら、きっとクロエに勝ってくれる。そうすれば、今度こそ王国には、平和がもたらされる。後はグランナイツが王国を、良い方向へと導いてくれる。王国民の誰もが、救われる。 そこに自分が、居なかったとしても。 恐怖は無かった。 しかし急に、強烈な罪悪感が襲ってきた。 カルシオン達に、謝りたかった。 折角皆が自分を育ててくれたのに、それを活かせなくなって、ごめんなさい。 勝手に黒騎士団に入って、挙句我儘ばかり言って、ごめんなさい。 そこに自分が居なくて、ごめんなさい。 そう言いたかった。 しかし、終ぞ口には出せなかった。出す暇など、無かった。 カルシオンが力一杯に伸ばした手は、虚しく空を切った。 混沌に、身を委ねる。 得体の知れない何かが身体に絡まっていき、身動きが取れなくなる。 視界が赤黒く染まっていく。 何かを叫ぶカルシオンの顔も、見えなくなっていく。 そして、女の視界が赤黒く染まり切った頃、女の意識は唐突に途絶えた。 ←前の話へ
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ソース:https://forum.gransaga.jp/#/view/4/1041
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特に、突風に襲われる場面や、仲間が倒れたことに対する主人公の動揺など、臨場感があります。読んでいると、次に何が起こるのか気になって、どんどん物語に引き込まれていきます。